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東京ヤクルトを応援するブログ+α

親子で応援している東京ヤクルトスワローズの試合内容、編成等について自由気儘に書いています。

東京ヤクルト 由規は復活できるのか!?

以前から噂されいましたが、由規が支配下選手契約から外れ、育成選手契約での契約となったと発表されました。

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かつては日本人最速となる161Km/hの豪速球を投げ、将来はヤクルト投手陣を背負って立つ存在になると誰もが思っていた由規ですが、2011年秋に発症した肩痛が治らず、2012年以降は一度も登板がないまま今日に至ります。

初めて由規の投げているのを観たのは、彼が甲子園のマウンド。細身の体をバネのように使い放つストレートはスピードだけではなく、打者の手元で伸び上がってくる上質なものでした。

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彼がヤクルトに入団することが決まった時、こんな逸材が入団してくれることに素直に喜んだと同時に、こんなに細身なのにプロでやっていけるのだろうかと心配したことを思い出します。

 

そんな私の心配は杞憂と終わります。プロ入団後1年も経たずに1軍の舞台に登場した彼の身体はすっかりプロ仕様に様変わり。特に下半身がとてつもなく太くなり、相当厳しいトレーニングを積んだことが素人目にも分かるものでした。

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(映像は2008年オープン戦のものですが、既に腰回りがゴツくなっているのが分かりますね)

 

しかし前述の通り2011年に肩痛が発症し、長いリハビリ生活に入ります。今年は秋口に復帰するのではないかとの報道もありましたが、結局ヤクルトが優勝争いをしていたのと、彼の状態が上がらなかったのもあり、1軍での登板は実現しませんでした。

 

かつては投手の致命傷と言われていた肘の故障は、医学の進歩もあり、近年は手術をすることで復帰できるケースが増えています。館山も既に数回手術をしていますね。それに対し、肩の故障は一度発症するとなかなか復帰できないままです。

ヤクルトで言えば、伝説の投手伊藤智仁、左のロケットボーイ石井弘寿などが思い出されます。古田が今まで受けたピッチャーの中で最高の投手と言っている伊藤は、鮮烈なデビューを飾るものの、直ぐに肩痛を発症。その後リリーフとして復活した時期もあるものの、肩痛の再発症に悩まされ、後年はリハビリのみの選手生活となってしまいました。

最近になって彼の引退登板をyoutubeで観た時、思わず涙がこぼれました。今まで自分の頭のなかで残っていた伊藤智仁の映像と全く違う姿にショックを受けたのと同時に、こんなボロボロに成るまで復帰をしようとしていた彼の野球に対する思いに複雑な感情が沸き起こりました。

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今もソフトバンクで活躍する五十嵐とロケットボーイズ形成し、火の玉を投げ込んでいた石井弘寿ですが、引退する2011年の前5年間はリハビリ生活のみとなりました。2006年に開催されたWBCでは左のリリーフエースとして期待されましたが、早めの調整が悪かったのか肩痛が発症。その年手術を受けましたがその後完全に回復することはありませんでした。球界を代表するリリーバーとして長く活躍できる実力があっただけに、ヤクルトファンのみならず、野球ファン皆が惜しんだ人材でした。

 

他にもヤクルト全盛期を支えた岡林など、肩痛を原因に一戦から消えていった投手は多く、復帰が難しいのは事実です。それでも私は由規の復帰をまだ信じていますし、その姿を見たい!もう150Km/hを越える速球は無理かもしれない。曲がり鋭いスライダーも衰えているかもしれない。それでも彼のマウンド姿をもう一度見たいのです。

 

背番号は11→121に変わるが、彼の復活を待ち望むファンの思いや、人数は変わらない。

 

神宮で待ってるぜ、由規